SSブログ

折々の作家・松本清張 [文学]

松本清張の作品を初めて手にしたのは、中学生の時らしい。
「らしい」というのは、私自身よく覚えていず、ただ母が
「中学生のときには、清張の本を読んでいたわね」と、
少々揶揄するような、呆れるような口調で言うからである。

大学生になってから、手あたり次第読むようになったが、
この頃は、長編が多かった。短編小説は、子供の頃から、
なんとなく物足りないような気がして、魅力に思えなかった。
短編小説の方を中心に読むようになったのは、相棒の影響である。
彼はずっと「清張なら、短編」と言い続けていた。

この夏、少しずつ清張の作品に手を伸ばしている。
もう二、三度読んでいるものから、初めてのものまで。
そして、いずれも短編である。読みながら、やっぱり、
文章うまいなあ、さすがだな、と嘆息しながら。
たとえば、元警察官で共産党にスパイとして潜入
したこともある男の住む家を訪れようとしている場面。

 小さい町はすぐ切れて、田と畑ばかりの道となった。向こうに
 松林が横に並んでいた。木の間からは青い海が見えた。ここまで
 来ると寒い風が吹いてくる。空に日光を遮った雲がみなぎっていて
 その下の松林の端に、屋根だけが一群れに見える部落があった。
                  松本清張『点』

この後、歪んだ誇りと孤独のために、赤貧にまみれている一人の男が
描き出されるのだが、そこに至るまでの叙景描写のすばらしさに、
しばし、陶然としてしまった。そして何より、忘れかけている
昭和の香りが節々から匂ってきて、ちょっとうるうるしてしまう。 



nice!(1)  コメント(0)