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ペルー物語(その4) [旅]

リマについてから、ソフィアは急に「私はクスコにはいかない」
と言い出した。驚いていると「クスコは観光地だから、リマのように
危険ではない。外国人観光客のために警備もしっかりしているし、
ほとんどの場所で英語が通じる。大丈夫だから」と念を押す。
ソフィアは年齢の割にしっかりしていて、一度言い出すと、
絶対に妥協しない強さがあった。一度リマ市内のスーパーマーケットで、
珍しい野菜が沢山並んでいたので、ついカメラのシャッターを切ってしまった。

すると店の人が飛んできて、「店内の撮影は禁止だ」と
わめきだした(ようである。スペイン語は分からないので、
雰囲気で推すところ)。店長らしき男性も出て来て「カメラを没収する」
とまで言い出したらしい。するとソフィアが、敢然とした口調で反論し始めた。
二人の大人の男を相手に、一歩も引かないのである。

相手は、それならここで、フィルムだけでも出せ、と言ったらしい。
それに対しても、彼女は毅然と跳ね除けた。
そして、とうとう言い負かしてしまったのだった。
「貴女は観光客なんだから、何も問題はないのよ」と
後で言ってくれたのだったが。そんな彼女が一度決めたこと、
こちらも腹を括るしかなかった。

クスコへ出発する朝、彼女は空港まで見送ってくれ、そして
空港内で、「ちょっと待ってて」と言った後、どこからか
一人の中年女性を連れて来て言った。
「この人は、観光会社をしていて、クスコの旅の手配を
してくれることになったから」と言い出す。あっけにとられていると
「クスコの空港で、あちらの担当の人が迎えに来てくれる。
その人が、ホテルと、マチュピチュへの列車とバスの手配をしてくれる。
貴女はここで、契約金だけ払って。大丈夫、心配することは何もない」

本当にソフィアの言うとおりになった。クスコには、温和な表情の
やはり中年の女性が出迎えてくれて、ホテルへ連れて行ってくれた。
マチュピチュの観光も手配してくれた。クスコからマチュピチュ遺跡口までの
切符、そして遺跡口からマチュピチュ遺跡までのバスの手配も。

マチュピチュ遺跡口は多くの西洋人の観光客でごった返していて、
狭い駅前がまるで通勤電車内みたいな人口密度だった。彼らは皆、
ここから遺跡までゆくバスを待って、かなりの時間を過ごしているらしく、
明らかにイライラしていた。私も相当待たされるんだろうなあ、と覚悟
していると、十分ほどで名前を呼ばれて、驚いた。これもソフィアが
あらかじめ予約してくれていたおかげらしい。周りの西洋人から、
凄いブーイングが怒るなか、小さくなってバスに乗り込んだことを
覚えている。
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