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ペルー旅物語(その9) [旅]

ガハマルカ行きのバスは、午後四時頃にリマを出発した。
しばらく海岸沿いを走る。そうしてわずかの間に、
左手に茫々たる太平洋が見えるまま、右手には砂塵の逆巻く砂漠が現れてきた。
歩いている人が夕陽を浴びて、ゆらゆらとかすんで見える。

私は渡米前に、友人から借りて読んだ開高健『南北両アメリカ大陸縦断記』を
(朝日新聞社・1981年刊)思い出していた。この書は二冊に分かれていて、
『もっと遠く!』が北米篇、『もっと広く!』が南米篇で、後者の方が
格段に面白かった記憶がある。『もっと広く!』には、長い南米の道路沿い、
夜の薄い街灯のなか、十字架があちこちに立つ景色を撮影したページがあって、
開高の記述によると、交通事故で死んだ子のために、親が道路沿いに
十字架を立てる習慣があるということだった。

その一枚がなんとも幻想的で、私もまたそんな景色を見ることになるのか、
と思っていたのだが、目につくことなく、バスは山沿いの道へと
入っていく。ほとんど街灯のないくねくねとした暗い道を走る。

私は体調のことが気になって、すごく緊張していた。とにかく、
ガハマルカに着くまで、体調に異変があってはいけないと、水も飲まず、
何も口に入れないまま、耐える決心をしていたのだが。
少しうとうとしたところで起こされたのは真夜中の十一時頃だった。

乗客が我先に降りていく。私も降りてみると、なんだか、中学校の
渡り廊下、みたいなところにベンチと椅子が置いてあり、人々が
何かを食べている。小さな食堂になっているのだった。

トイレもあったが、それはもう、恐ろしいほどに汚れていた。
汚物の匂いは、食堂の方まで流れ出ていた。
目的地まで、あと七時間半ほど。その時間がとてつもなく長く
感じられたことを覚えている。(続きます)
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