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折々の絵本・ぐりとぐら [文学]

絵本の翻訳の仕事に取り掛かり始めた三十年ほど前、絵本の言葉について
知りたくて、ずいぶんたくさんの絵本を手にとったみた。『ぐりとぐら』も
その一冊。評判の絵本とは知っていたが、それまでじっくりと読んだことはなく。

先ず、絵のざっくり感に驚いたことを覚えている。
主人公はネズミ、と知っていたが、よくよく見ると(見ても、というべきか)
ネズミとは見えない。リスのようでも、ウサギとも、ちょっと変わった人間、
みたいにも見える。絵の背景はほとんど描かれず、所々に木が立っているだけだが、
その木も、まるで記号みたいに簡略化されていて・・・。
読んでみる前に、その大胆さには、脱力感さえ覚えたことだった。

今はこのラインが良いのだな、と思える。子供には形が捉えやすく、
物語世界に入り込みやすいのだ。

さて、この絵本の言葉、の方だが。

 「さあ、たまごをわるぞ!」
 ぐりはげんこつでたまごを たたきました。
 「お、いたい! なんて かたいんだろう」
 ぐりはなみだを ながして とびあがりました。
 「いしで たたいてごらんよ」
 と、ぐらが いいました。

ぐりとぐらは、こんな風に、お互いにアイディアを
出しながら、二人力を合わせて、大きなカステラを焼くのである。
食べ物のお話であることも、子供を引き付ける大きな要素に
なっている。飛び切り大きくて、みんなで分け合って食べる、という
ところも。

シンプルな線で描かれた『ぐりとぐら』だが、ところどころに
用いられている色彩は、とても温かみがあって、優しい雰囲気を
醸し出している。絵を担当された大森(山脇)百合子さんの
お人柄が現れているのだろう。

最初はびっくりした絵本だったけれど、手元に置いて何度も
見ているうちに大好きな絵本の一冊になった。初見で飛びついても
見ているうちに飽きてしまう絵本も多いのに、これは素晴らしいこと。

文章を担当された中川李枝子さんと百合子さんは姉妹だった。
お二人の年齢差は六歳で、中川さんが挿絵を依頼した時、
百合子さんはまだ高校生で美術部に所属していたのだそうだ。
どんな気持ちで承諾したのかな、とか考えると楽しくなるのだが
百合子さんは最近、病気で長逝されてしまった。
また、ぐりとぐらを取り出して、このホンワカした世界に
しばらくぼんやりと座り込んでいる。こんなやり方じゃ、
大きなカステラなんか作れないんじゃないの、とか突っ込みながら。
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