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折々の作家・開高健 [文学]

好きになってしまった作家、興味をいだいた作家の
作品は、集中的に読む癖がある。ある程度読んでしまうと、
興味はまた異なる作家へと移っていく。また何かの機会に
同じ作家の作品に会い、再び集中的に読む、ということも。

開高健という作家は、学生の頃に『日本三文オペラ』、
『ロビンソンの末裔』などをパラパラと読んでいただけ。
終戦直後の日本社会の闇を描く人、というイメージのまま、
特に興味を持つ事もなく過ごしてきたのだが・・・。

1980年代の初めの頃、当時は勤めていたのだが、
同僚のKさん(少し年上の女性)が、カラーのページの沢山ある、
豪華な本を開いているのに気がつき、
「何の本見ているの?」と尋ねたことがある。

彼女はもうすぐ、お姉さんの住むブラジルに出かけ、
ついでにペルーを旅行する予定であること、それで
南米の情報が一杯のこの本を読んでいるのだ、と
言って、私に貸してくれた。その本の作家が何と、
開高健! 私はかなり驚いた。本の題は『もっと広く』。

文章はコミカルながら味わい深く、単なる旅行ガイドの域を超えていた。
釣りをしながら異国を見聞するドキュメンタリという形をとっていたが。
文章に劣らず、写真がまた素晴らしかった。

この後、私は狂ったように開高健の同様の書を
追いかけていくことになった。先述の書と対になっている
『もっと遠く』、また中国やスリランカ篇ともいえる
『オーパ』シリーズである。どの本も素晴らしかった。

Kさんが教えてくれなかったら、私はいつまでも、
開高健のもう一つの顔に、興味を持つことなくすごしていたかも。

あの後、私は仕事を辞め、アメリカの大学に行き、
そこで知り合ったペルー出身のSと、ペルーを旅行した。
その時の南米で見聞きした数々の経験は、ともすると
Kさんが最初に私に見せてくれた『もっと広く』に
収められていた写真の映像ともだぶる。いや、だぶらせるような
形で、自分の旅の記憶を、絶えず強化してきたような気がする。

開高健は今も、私にとって大切な作家、自分の人生の転機を
感じていた時期に、記念碑のように立つ作家である。
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