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折々の歌人・永井陽子 [短歌]

永井陽子さんについては、短歌を始めたばかりの頃に入手した
『樟の木のうた』(1983年短歌新聞社刊)で知った。

 春あはき教室に子が置き忘れたる湖(うみ)のあをさの三角定規
 天空をながるるさくら春十五夜世界はいまなんと大きな時計
 べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊
                  永井陽子『樟の木のうた』

などにすっかり魅了された私は、『樟の木のうた』が、永井さんの
三番目の歌集、と知り、是非先行の二冊を読んでみたい、と思った。
ところが、どこを探してもみつけることができない。少部数を
自主出版したものらしい、と知り、思い切って、ご本人に
電話をかけたのだった。1980年代の後半頃だったろう。
私も若く、思い立つとけっこうそのまま行動していたみたいだ。

お会いすることは最後までなかったが、細く美しい声の人だった
ように記憶する。いきなり電話してきた私に、申し訳なさそうに
「手元にもう残っていないのです」と仰った。

それから二、三年後の1991年、第二歌集『なよたけ拾遺』の抄録版
『なよたけ抄』(沖積舎)が出版されると、贈呈してくださり、
感激したことを覚えている。

 まだうすきくちびるあはせ明けの野にたんぽぽの酒飲めばかなしも
 みづながれふるさとながれ虹ながれさながら天へ消えゆくひとり
 あめつちのかひなに抱かれしんしんとたれをかなしむ野のゆきうさぎ
              永井陽子『なよたけ抄』

永井さんの作品は、絵本のようであり、唱歌のようでもある。
柔らかい午後の光を浴びながら、草の匂いを嗅いでいる、
そんな時間を与えられるような感じもする。

永井さんは、二十一世紀を迎えることなく、遠いところへ旅立って
いってしまわれた。でも、活字は残っていて、いつでも何度でも
くりかえし永井さんの作り上げた言葉の世界へ招かれることに
有難い気持ちがしている。うたで自分を語らない人だったけれど、
どの歌にも必ず彼女が棲んでいることに驚かされるのだ。

 ふいに来て身も智も朝のしづくごと攫ひてゆけよ空のブランコ
                 永井陽子『樟の木のうた』
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