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折々の作家・クリスティ [文学]

クリスティの作品を初めて読んだのは、小学校五年生くらい、
だったのではないか。たぶん『ABC事件』だったと思うのだが、
その本の表紙を思い浮かべようとすると、飛行機の絵が思い浮かぶ。
なぜなんだろう。違う作品の方が先だったか、とも思うが。

たぶん、最初に心に残ったのが『ABC‥』だったからだろう。
『アクロイド殺し』、『そして誰もいなくなった』
『スタイルズ荘の怪事件』『オリエント急行殺人事件』・・
このあたりの作品を、私は高校生から二十代にかけて、
少しずつ、読み進めてきた気がする。特に好きな作家、
と言う訳でもなかった気がするのだが。

それが、「これは凄い、さすが、ミステリの女王!」
と息を呑むほどの打撃を受けたのがなんと
『春にして君を離れ』という、なんともクリスティらしからぬ
題の作品だった。これは邦題もよくないと思う。原題は
「Absent in spring」とかいう題だったように記憶する。

とにかく、いわゆるミステリではない。クリスティ自身も
そのあたりを慮ってか、作者名をメアリ・ウエストマコット
という別名で発表しているのである。

この作品は、ほぼ全体が一人の女性の独白のみ、からなる。
それでいて、読者を全く飽きさせない。たった一つの出来事から、
次々に過去を回想し、現在を思い、さらにさらに、これまで
見えていたものの反転させ、異なる側面からの真理に
思いを巡らしていく。その的確な事象分析、自己分析は
読者をも巻き込んで、ち密にかつスリリングに進むのだ。

読後の充実感は、他のクリスティの小説のどれにも勝るもので、
その筆力の巧みさに、まったく圧倒される気がしたことを覚えている。
この書を、クリスティのもっともすぐれた一冊と挙げる、
「クリスティ愛読者」はきっと多いはずである。

メアリ・ウエストマコット名で出された作品は
他に五冊あり、クリスティの「愛の小説六部作」などと
ひとくくりして評されることもあるようだが。

やはり『春にして‥』が抜群の完成度を誇っていると、私は
思う。そしてこの書を読んでから初めて、クリスティの本質が
顕著に見えてきたような気がしたことも確かである。

クリスティが世に出した小説は100以上に上るという。
私はその三分の一ほどしか読み終えていない。
また、どんな作品に出会えるのかと思うとわくわくする。
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