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あとがきをめぐって [読書]

三十代の頃だが、少女小説を狂ったように読んでいた
時期がある。八十年代後半から九十年代初頭の頃で、
日本はバブルの真っ最中。コバルト文庫(集英社)を
中心に、少女小説が大ブームを起こしていた時期でもあった。
当時の人気作家は、氷室冴子、藤本ひとみ、久美沙織などなど。
唯川恵、山本文緒、桐生夏生など、少女小説から出発して
本格的な小説家として大成した作家も多いのだが。

少女小説を読んでいて嬉しいのは、必ず、あとがきが
ついていること。ふつうの小説で、あとがきがある例って
あまりないですよね。少女小説は、作家と読者の垣根を
取り払おう、という意図もあったのだろう、「あとがき」には
創作の苦労話、作者自身の近況、今後の予定なども書かれていた。
あとがきには何を書けばいいか、本当に困る、などと長々と
苦情を書かれている作者もいたりして。これはこれで面白い。

大人向けの小説にもあとがきがあったらな、とよく思う。
どういうきっかけでこういう小説を書こうと思い立ったのか、
資料はどんなふうに集めたのか、主人公に対する作者自身の
思いは? 感動した小説ほど、作者に聞いてみたいことが沢山ある。

歌集にはあとがきがあるのが普通なのだが、これは第何歌集で、
何時から何時までに作った作品で、歌数は何首で、というような
やや無味乾燥な説明があり、作者のその時の状況がさらっと
述べられ、ついで決まりきった、歌の仲間や出版関係者への
謝辞で終わる、というのがお決まりである。

ないよりはましだけれど、もう少し、作者の言葉を聞きたい、
と思うことが多い。歌集内容についての説明を聞きたい、
というわけではない。何か、歌に賭ける思いのようなもの。
いや、なんでもいいのだ、歌集内容の説明から遠いものほどいい。

何処かで一度書いたことがあるけれど、永田和宏氏の第四歌集
『やぐるま』のあとがきがめっぽう面白い。彼は第三歌集までは
まったくあとがきを書かれていないので、いったい何があったんだ、
とのめりこむ様に読んだことを覚えている。以来、ときどき
思いついたように『やぐるま』を取り出してはあとがきを読んでいる。

このあとがきは、あとがきとしてはやや長く、5頁もある。そして
ほとんどすべて、「歌集題」に関することが書かれているのだ。
歌集題だけを並べて一首に仕立てた三枝昂之氏の歌が三首も
引かれいたりする。

このあとがきを書くきっかけになったのは、永田さん自身の
歌集題の軌道変更(?)だったらしい。第三歌集までは、
『メビウスの地平』『黄金分割』『無限軌道』と、なにやら
抽象的で、ひたすらかっこいい題だったが、第四歌集にきて
『やぐるま』(!) これは装丁を担当する高麗隆彦氏を
かなり悩ませることになったらしい。それまでの流れからは
全く違った題に、頭を抱えることになったのだとか・・。
私も、この題には、脱力したことを覚えているけれど。

第三歌集『無限軌道』は、銀河鉄道のイメージでつけた、とのことだが。
出版後まもなく、ある事故のニュースで、無限軌道とは、ブルドーザの
キャタピラのことと知って、ひどくがっかりした、というようなことも
書かれている。
大丈夫、永田さんの第三歌集だもん、やっぱ、メビウスの地平からの
流れでイメージするよ、とも思ったもんだった。
そんなこんなで、第十三歌集『午後の庭』に次の歌をみつけたときは、
ちょっと笑ってしまった。

  強羅山荘更地となりて黒土に無限軌道の跡深くあり
              永田和宏『午後の庭』
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