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ミミズ [生活]

一日に一万歩は難しいが、最低3千歩くらいは歩くことにしている。
五月まではお昼頃に散歩に出ることも多かったが、このところは
暑い日が多いので、朝早く起きて、七時までには散歩を終わらせることに。

歩いていると、ミミズの死骸を頻繁に目にする。もうすっかり乾ききって、
中には車に轢かれてしまっているらしいものも・・。痛ましい。
ミミズは雨後には地表面に這い出すことが多いのだという。雨によって
土中の二酸化炭素が増加することが原因ともみられているらしいが。

  みづからの死を問ふだろうその先も はてなのかたちに干乾ぶ蚯蚓
                      岡部史

蚯蚓は土を豊穣にしてくれる大切な生き物だ。舗装路で亡くなっている
蚯蚓はどれも直径一センチはありそうな立派な蚯蚓ばかり。
這い出す力があるから、路面にまで出てしまって、結果命を落としているのか。

この二週間ほどの間に、未明に雨が降って、朝方には晴れ上がる、
という日が何日かあったせいだろうか、散歩の途中に舗装路の路面で
身をくねらせている蚯蚓に三度も出会った。三匹のうちの二匹は、
体表がかなり乾いていて、まさに虫の息、に見えたのだけれど。
とりあえず、近くの草をむしって、ミミズを載せ、植え込みの下などに
避難させることに。土をまさぐるような動作をし始めるのを確認してから
その場を離れる。無事に生きていてほしいが。

一昨日に出会った蚯蚓は、家のすぐ近くの歩道で頻りに身をくねらせていた。
まだ出てきたばかりらしく、表面がぬらぬら濡れている。植え込みに運ぶと、
とたんに動作が緩慢になり、頻りに土を探っている様子。

火の照りつける舗装路は、蚯蚓には地獄だろう。
庭に人工芝を敷き詰めたり、砂利をびっしり敷いているお宅が増えたが、
こういう土地で、ミミズは生きていけるのかな、とも考えた。
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古着を売る [生活]

このところ、断捨離、というほどではないが、洋服類を整理し、
着なくなったまま、クローゼットの肥やしとなっているいくつかを
処分し始めている。よく利用した服は、迷わず捨てるのだけれど。
中にはほとんど袖を通さずに来た服もあり、少々勿体ない気も。

中国の友人が贈ってくれたチャイナ服は素敵だったんだけれど、
日本では着る機会がなく・・・。去年、近くの古着を扱う店に
持ち込んだら、なんとお値段は10円だった(汗)。同時に持ち込んだ、
相棒が着なくなったパーカー(ブランド品だが、セールで格安で購入)は、
少々使用感があったのに100円だった。古着の需要は、ブランド品に
大きく偏っているらしい。ブランドかどうかなんて、あまり気にせずに
気に入った衣服を購入してきただけなんだけれども。

クローゼットには、三十数年前、滞米時に購入した皮のジャンバーも
仕舞いこんだままになっていた。相棒のために購入した牛革製で、
九十ドル余りした記憶がある。今なら一万円、というところだろうが
当時は一ドルが二百円近かった。日本で購入すると、その数倍はしたはず。
相棒は、ほとんど着なかったので、使用感はないのだが、裏地が
少々、経年劣化していた。ちなみにブランドものではない。
お店からは、500円という査定だった。需要はあるのだろう。

同時に持ち込んだ、ブランド品の私のウインドブレーカーは、
使用感があったにもかかわらず、50円という値段がついた。
だが、やはりブランドものだった、Gジャンは、「お値段がつきません」
と返却されたのだった。使用感は薄かったが、特殊なデザインだったせいだろう。
購入時は、ぱっと惹かれて買ったのだけれど、着る場を選ぶタイプの品で、
とうとうほとんど着なかったのだった(反省)。

これからも、もう少し、衣類の整理が必要な私。
古着屋のこれらの対応は、今後の処分法のよい目安にはなる。
自分が服を買う時の目安にもなりそうだ。
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猫、怪談風 [生活]

子供の頃、放課後に捨て猫を拾って帰り、叱られたことが
何度かある。小学校三年生の時、やはりだめだろうと思いながらも
見捨てて置けなくて、持ち帰ったことがあった。十一月下旬のことで
当時住んでいた東北の町では、寒さも厳しくなる頃で、みぞれ交じりの
雨も降っていたことが、よけい見過ごしにできなかったのだ。

案の定、母はヒステリックになり
「元の所へ、返してきなさい!」の一点張り。仕方なく抱きあげて
表に出ると、隣家のAさんの奥さんがちょうど家の外に出てくるのが
見えたのだ。私はこの隣人は、苦手な方だったのだけれど(いつも
不機嫌そうで、小さな息子を叱ってばかりいたから)、もう、藁をも
掴む気持ちで、「おばさん、この猫、飼ってくれない?」とお願いしていた。

Aさんはお相撲さんのように太った女性だった。右手の掌に、まだソフトボール
程の大きさしかない猫を載せ、しげしげと眺めていたが、いきなり、まるで
砲丸投げのように右手を後方へ持っていき、そのまま何も言わずに、
垣根の向こうへ、猫を投げ捨てたのだった。垣根の向こうは、幅数メートルの
砂利道、そしてその向こうに、向かいの家の垣根、向かいの家の庭。

小さな猫はどこまで飛ばされたのだろう。ケガしてしまったのではない
だろうか。私はAさんの無言の暴挙にすっかり縮み上がってしまい、そのまま
家にかえったのだった、猫のその後を確かめることもできずに・・・。

ところで、昭和中期の当時、田舎はほとんどが汲み取り式のトイレだった。
雪国では、11月に入ると、汲み取り業者が来て、トイレの汚物槽を綺麗に
していく。雪が消える四月の下旬まで、汲み取りができないからである。

翌年の四月、例年通り汲み取り業者が訪れた後のこと。学校から帰ると
母が厳しい表情で、こう告げてきた。
「あなたが拾ってきた猫、もとの所へかえしてこなかったのね。
さっき、Aさんが家に見えて、おトイレの汚物槽から子猫が
出て来たって、言いにきたのよ」

私は震え上がった。垣根の向こうまで放り投げられた猫は、Aさんの家に
潜り込み、トイレに落ちてしまった、ということだろうか。
あるいは、捨て身の復讐?
以降、私は捨て猫を拾って帰ることはやめようと、決心したのだけれど。

先月、糸魚川の兄の家を訪れると、猫好きの奥さんが、保護猫を三匹も
飼って世話している様子を見て、子供の頃のあの一件を思い出したのだった。
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故郷の熊 [生活]

私は「塔短歌会」に入会して、今年で四十年になるのだけれど、
私より先に「塔」に入会していて一昨年第一歌集を出されたSさんから、
歌集評を頼まれたのは昨年のこと。
その折にSさんの娘婿さんが、私の生まれた山形県小国町の出身であると
聞かされた。あまりの偶然に驚いたのだが、同様に驚かされたのが、
その娘婿さんの祖父に当たる方が、「マタギ」だった、と話されたこと。

子供の頃、自分の住む町に熊がいて、マタギもまた存在したということを
私は知らなかったのである。小国町は周囲を深い山に囲まれた小さな盆地の
なかにあり、たとえそれらの山中に熊が多数生息していたとしても、
町なかに出没するようなことは決してなかったからだろう。

購読している山形新聞電子版の二日ほど前の三面記事に
驚くべき記事が載っていた。小国町では生息する熊に対処するため、
「個体調整」を行っている、という事実にまず驚愕し、さらに
その作業の最中に、誤って作業者の一人がもう一人の脚をライフルで
撃ってしまい、重傷を負わせた、という記事内容にも震え上がった。

グーグルで見てみると、小国町周辺の道路整備が進み、キャンプ場や
宿泊施設ができて居て、私が暮らしていた頃の素朴な山村では
なくなっているようなのである。これでは、人間が熊と遭遇して
しまう機会が格段に増えてしまうだろう。

町の人口は減り続け、こうした観光施設の稼働率もかなり
下がっているのではないだろうか。でも、町の経済のために
町外からの観光客を誘致することは大切なことだと理解はできる。
でも、でも・・・。昔の素朴な思い出を抱えてしまっている者には
なんとも複雑な故里事情である。

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pay pay初体験 [生活]

スマホを手にしてから、やたらとpay payのCMがメールに
送られてくるようになった。自分で利用してみようとは
思っていたが、何となく億劫なまま先送りしていた半年ほど前。

いよいよ使ってみようと、ネットで使用法を調べて、いざ
コンビニに出かけたのだが、ATMが混んでいて、とりあえず
後日に、ということに。それからもやろうと思っていて、
お金を忘れたり(普段、ナナコを使っている)、やはり混雑
していたり、コンビニに出かける時間がなかったり、など、いろいろ。

もうめんどくさいし、なくってもいいか。と思い始めていた、
三週間ほど前。ラジオを聴いていたら、たぶん、三十代くらいの
パーソナリティが、若いゲストと話していたのだが。
「今はいろいろと進んでいて、毎回色々な新しいことを
体験しなければならなくなっていますよね」
「そういえば、携帯を初めて操作するとき、ドキドキでしたね」
「私、スイカを初めて使う時、怖かったの覚えてます」
などと言い合っているのを聞いて。やっぱ、若い人もそうなんだ、
何でもすぐにできる、ってわけじゃないんだ(って、当然だが)。

妙に勇気づけられた気がして、それから間もなく、コンビニに
ペイペイを使うための入金に出かけてきた。ATMに必要事項を
入れると、自分のスマホに番号が送られてきて、それを入力してから
入金する、と、手順を頭に入れてから、余り混雑しない時間を
選んで、ATMが二台置いてある、やや大きいコンビニへ車で行った。

なんと、すぐにできました! って、喜び勇んでここに書くほどのこと
じゃないとは思うけれど。とにかく、すぐに試したくて、ペイペイで
そのコンビニ内のワインを購入。夜、ひとり乾杯しました。
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待たせない病院 [生活]

この二カ月ほど、色々と忙しかったせいもあるだろう、
右側の腰の部分に違和感があり、夜中に鈍い痛みで目が覚めたり、
歩いているときもうずくような痛みもあり。
それで、近くの〇〇整形外科に行くことにした。この整形外科は、
初めてではない。五年くらい前、指をケガした時、いつも行く
総合病院へ行くと、外科の医師が手術中だから、とこちらを紹介された。

実はこの整形外科の方が、我が家には近く、これまで
こんな病院があることに気がつかずにいたのだった。ちょっと
地味な建物だからか。最近はそのあたりを改良すべく、看板を
大きくしたりしているけれど・・・。

入り口を入ると、ワンフロア全体が見通せるほどの開放的雰囲気。
四十畳くらいの七割は様々の器具が占めるリハビリ施設になっていて、
数人の患者が看護師や訓練師の監督のもとにリハビリに励んでいる。

左片隅に、パーテーションで区切った受付、診察室1,2,が
並んでいる。二つあるこの診察室は、ドアが二つ、というだけで、
実際は一つである。医師が真ん中に座り、左右にカーテンを引いて
区別しているだけ。患者は呼ばれた番号のドアを開けて、置いてある
椅子に座ると、医師は向こう側の患者と話している。話し終ると医師は
こちらのカーテンを開けて、診療が始まる。その間に向こう側の
「診察室」に次の患者が入って座っている、という方式。

待っている間は、反対側の患者と医師の話は丸ごと聞こえる。
逆に自分の診察時、その内容は待っている人に聞かれてしまう。
まあ、整形外科だから、そんな微妙な、聞かれたくないような
内容は少ないのだが・・・。最初は驚いた。

それにこの医師、患者にあまり話はさせてくれず、必要最低限の
ことしか言わない、という雰囲気。だから、診察時間が短くて、
ものの数分で済む。私は腰の部分のレントゲンを撮ってもらい、
骨盤に軽度の問題があることを指摘された。生まれつき骨盤に
不備な点があったことと、生活上気をつけるべき点を指摘されて終わり。

病院は待たされるところである。どんな小さな病院でも、一時間の
待ち時間は普通。大病院だと三時間待ちくらいは覚悟しなければ
ならないところなのだが。ここは、受付から会計まで、たったの40分。

働く人たちに人気なのだろう、整形外科というと圧倒的に
お年寄りが多いのだが、ここは若い男性も多い。患者の七割は
男性、という感じで、珍しい病院であった。
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夜間の暖房 [生活]

私の暮す多摩南西部の地域は、都心より二、三度気温が低く、
特に朝晩はかなり冷え込むことが多い。

今の家を建てようと考え始めていた頃、淡路・阪神大震災が起きた。

寝ている間に倒れてきた家具の下敷きになった、という話も多く聞いたので
寝室は広めにし、丈のある家具や大きな重い家具などは置かない
ことにしたのだが。それなりに広いと暖房効率も悪い。
睡眠時の暖房はどうしよう、とかなり迷うことになった。

エアコンによる暖房は室内が乾燥するので、加湿器を併用する必要が
ある。今は静かな良い器具があるが、当時は音が気になるものが多く、
睡眠時に使うのはためらわれた。一時、石油と電気併用の温風ヒーターを
使ってみたが、匂いも音も気になって、すぐに撤去した。

睡眠前にエアコンで部屋を暖めておき、同時に加湿器も作動させて、
切ってから寝る、ということにしたのだが、三時過ぎには室内が
冷えて来て、目が覚めてしまう、という繰り返しになった。

色々と考え、電気店なども見て回り、ようやくたどり着いたのが
オイルヒーターである、ディロンギ。
まず、空気が汚れない、音がしない、細かく時間設定ができる。
なんと15分単位で、入切を設定できるのだった。これは便利!
エアコンはつけ続けるとすぐに暑く感じ、切るとにわかに寒くなる。
でも、ディロンギは、すぐには暖かくならない代わり、じっくりと
易しい温熱で、部屋を暖めてくれるのだった。
若干、電気代がかさみそうだったが、これはまあ、仕方ない。
低めに設定しておいて、寝る前二、三時間部屋を暖めておき、
夜中にもう一度スイッチが入る設定にして、節約を図ることに。
冷え性の私は、湯たんぽも併用。


これは本当に良かった。寒い多摩地区の冬を、何とか乗り越えて
来れたのは、ディロンギのおかげだった、といっていいくらい。

そのディロンギ、一週間前ほどから作動しなくなった。
調べてみると、購入したのは2010年の暮れ。十二年以上も働いて
くれていたことになる。すでに二月も末。これからは、さほど寒い日は
続かないだろう。今年の年末に、新しいディロンギを迎えることにしたい。

ディロンギ社では、使用済みの製品を百パーセント近く、リサイクル
しているらしいので、そちらへ送って、再利用してもらうことにしよう、
と考えている。これまでのやさしい暖かさに感謝をこめて。
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故里の町の取組み [生活]

今朝の朝日新聞の生活欄に、私が子供の頃に過ごした
山形県南部の町の、ある取組みについての記事が掲載されている。
見出しは大きく「移住先の仕事 ひとつじゃない」とあるのに、
目はその横の「豪雪の山あい 小国町」の方に引き付けられて。
内容は、過疎化の進む豪雪の町で、移住者を呼び込み、あるいは
人口流出を抑えるための取組みとして、昨年「おぐにマルチワーク
事業組合(おぐマル)」という組織を創設したこと。

仕事を希望する人は、まずおぐマルに登録すると、おぐマルの組合員である
町内の14の事業者のなかの、複数個所に派遣されることになるという。

複数の仕事を組み合わせて働くことになるので、マルチワーク、
というわけである。年間を通じた仕事がないことや、雇用が安定
しづらい、という地域の状況に合わせた雇用形態、といえるだろう。

色々問題もあるだろうけれど、現在は国や自治体からの財政援助が
あることも大きいようだ。うまく続いていくことを願いたい。

雪だけはどっさりあったなあ、と遠い日々のことを思い出す。
とりあえず、今も小国町で暮す幼友達のI君に、今朝の記事のことを
メールでお知らせしておいた。ちなみに、記事に登場する「荒川興業」
は、私の小学校の同級生の鈴木君が営んでいた会社。記事に登場する
専務は、彼のご子息なのではないかな・・。なつかしい。
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通販体験 [生活]

通販はこれまで何度も利用しているが。
あまり成功していない。イメージと違う品だったり、
サイズがやや大きいとか、色目が違うな、とか。
一番大きかったのは、サイズをしっかり測って、購入したバッグ。
上部の両端に大きなカーブが入っていて、ファスナーが短くなって
いて、現在使っている財布の出し入れがしづらい品だったこと。

交換は面倒なので、いずれも何となく我慢しながら使っている。
あれから、日常に使うものは、できるだけ通販を避けようと
思ってきたのに。このコロナ禍で、遠出がしにくくなったことや、
近くのスーパーからホームセンター部門が撤退してしまったこともあり。

ベッドの敷パッドを新調したい、と思っていた目に、
通販カタログのある品物が飛び込んできてしまったのだ!
その名もリカバリースリープ敷パッド。これを敷いて眠ると、
体が温まり、疲労回復効果もあるんだとか。ほんとか?!

眉唾だなあ、とは思いつつ、そしてやはり、ちょっと値段も
普通のベッドパッドよりお高いし。かといって飛び切り高い、
というわけでもなく(シングルサイズのみで、一万二千円ほど。送料別)

説明を読むと、中綿に練り込まれた天然鉱石が体温を蓄熱し、蓄えた熱を
背中に輻射することで、温熱効果を生み…云々、とある。ふ~む。
なかなか、魅力的なパッドらしい。ここは騙されたつもりで・・・。

購入しました! 我が家に届いたのは一週間前。
早速その晩から利用し始めたのだけれど。
その夜は夜中の三時近くに、なんだか体が火照るようで、
目が覚めた。このパッドのせいだろうか。ちょっと熱い。
すでに厚手の毛布を掛けていたのだが、これを薄手のものに変える。
それでもなんとなく蒸し暑い感じ・・・。

ベッドのマットレスを包み込むようにして使うパッドなので、
簡単には剥がせない。電気の敷毛布ならスイッチを切ればいいが、
そう言う訳にもいかない。ああ、また失敗したか、と暗澹とした
気持ちになった。

翌日の夜、もう一晩、試してみて、ダメなら、ベッドから外して
真冬になってから使うことにしようと思った。のだが・・・。
その晩は、安眠できたのである。程よい暖かさにくるまれるようで
なかなか良い眠りを体験できたのだった。最初の晩が、この季節としては
暖かい夜だったせいだろうか。理由はよくわからないのだが、以来、
安眠できる夜が続いている。通販、とりあえずこれは大失敗、という
わけではなさそうだな、と思う、思いたい。
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ハローウィンと変身願望 [生活]

ハローウイン間近のソウルで、痛ましい事故が起きてしまった。
狭い通りで立ったまま圧死してしまうほどの人出だったとは。
ハローウインはアイルランドに起原を持つお祭りらしいが、
お祭り好き、仮装好きのアメリカ人たちが現在のような形に
定着させるに至ったようだ。それでも、家族や学校、職場など
狭い範囲で集まり、楽しむのが普通で、町に繰り出して大騒ぎする、
なんていうのは日本だけ、と思っていたら韓国もそうだったのか。

人は潜在的に変身願望を抱いているもので、一日だけでも、全くの
別人に生まれ変れるのなら、試してみたい、さらにその姿を多くの人に見て
もらえるのなら、その機会を是非利用したい、と思うもの。
特に若かったらその願望は強まるに違いない。こういう場が
日本や韓国にあると知って、世界中から人が集まるのも無理ない
ことのように思える。その場が不特定多数の人たちが自由に行き交う
町なかであることも、大きな魅力なのだろう。
問題はあまりにも狭い地区に、一時的に人が集中してしまったこと、
そして、危機意識が余りにも薄過ぎたことなどの方ではないか。

実は私も一度だけ、人前で「変身」を試みたことがある。
三十年前のことなので、今よりは若かったのだけれど、十代、二十代、
というわけではありませんな(モゴモゴ)。『魔女図鑑』(金の星社)という
絵本の翻訳を担当したのだが、その絵本が北海道の剣淵町が主催する
「絵本の里大賞」を受賞したので、授賞式への招待状が舞い込んだ。

授賞式では記念の講演もしてほしいと頼まれ、「翻訳苦労話」なら
えんえんとできる自信はあったが、そんな話では面白くないはず。
魔女の話をしよう、そして自分は魔女に扮装して出ることにしよう、
と決めた。服は真っ黒のワンピースがいい、黒い魔女風の帽子も
かぶろう、足元は黒いブーツ・・・。

黒のワンピースは当時の私には高価すぎる服しか見つからず、
結局、自分で縫った! 帽子もとんがり帽子がみつからず、やや大きめの
つばのついた黒い帽子にした(残念だった。今なら幾らでもあるのに)。

完璧さを欠いた、ほんの短い時間の変装だったけれど、超楽しかった。
魔女の話も、会場の人たちに楽しんでもらえた、と思う。
あの時のワクワク感を覚えているから、若い人の一時の「はめはずし」には
できるだけ寛容な社会であってほしい、と思うのである。
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