折々の絵本・かがくいひろし [藝術]
先日のEテレ「日曜美術館」で、絵本作家のかがくいひろしを
特集していた。私も大好きな作家。最初は半分しか見る時間を取れず、
再放送まで見てしまった。五十歳で教員を退職、絵本作家として活動し始めて
わずか四年程で、癌で急逝されてしまった。その間に刊行された絵本、十数冊、
いずれも再版を続けている、ということも凄い。
何といってもだるまさんシリーズが有名で、小さな子供たちが、たちまち
とりこになる様子が、テレビでも繰り返し流されていた。その魅力は、
どんなところにあるんだろう。なんとなくわかる。でも、言語化して
しっかりと認識しているような状態ではなく。日曜美術館を見て、一か月ほど、
頭のどこかにぼんやりと、かがくい作品が残ったままだったのだが。
昨日、余りの暑さに何もできず『谷崎潤一郎犯罪小説集』をぱらぱらと
読んでいたのだが。集中の「柳湯の事件」という作品で、はっとした。
この事件の主人公は、あまり売れていない画家。彼が通りがかりに入った銭湯、
「柳湯」で、混雑した湯船の下に、なにやらぬらぬらした、うなぎのような、
蛙の死骸のような、海の藻のようなものが存在することに気がつき、
足の裏でなんども確かめ、踏みつけ、両手で引き揚げようとまでする。
その奇怪な悪戦苦闘の様子が、微に入り細に入り描写されるのである。
(ちなみに、これは主人公の幻覚、らしい)
僕の画いた静物を見ればお分かりになるだろうと思いますが、何でも
溝泥のようにどろどろした物体や、飴のようにぬらぬらした物体を
画くことだけが上手で、そのために友達からヌラヌラ派という名称さえ
もらっているくらいなんです。
谷崎潤一郎『柳湯の事件』
ここを読んだ時、かがくいひろし作品のだるまさんシリーズの絵が、
ぱっと浮かんだ。あのだるまさんの曲線。だら~りと垂れたり、
ぬらーりと地面に伏したりするポーズが、思い出されたのである。
かがくい作品のあの曲線はとても魅力的だ。子供は、ごつごつしたものは
基本的に受け付けない。あのゆったり、だらーり、ほどよい湿度も感じられる
柔らかい線にまず引き付けられる。もちろん、かがくい作品にはほかにも
多くの魅力がある。でも、基本はあの、ゆるやかな曲線なのではないか。
『柳湯の事件』で、谷崎は、これでもか、これでもか、とばかりに、
わけのわからないぬらぬらとした感触を描き出す。きっと彼も、ただひたすら、
曲線の感触が好きだったんだろうなあ、と思われてくる。この短編に、犯罪の
匂いはしない。ただ作者がこだわった、不定形の物体の表現、その筆致に
圧倒されるのみである。
そしてかがくい作品に思いが及ぶ。まだまだ、絵本を作り続けたかったことだろう。
ぬらぬら、どろーり、くねくね、もくもく、には不思議な生命力が詰まっているから。
特集していた。私も大好きな作家。最初は半分しか見る時間を取れず、
再放送まで見てしまった。五十歳で教員を退職、絵本作家として活動し始めて
わずか四年程で、癌で急逝されてしまった。その間に刊行された絵本、十数冊、
いずれも再版を続けている、ということも凄い。
何といってもだるまさんシリーズが有名で、小さな子供たちが、たちまち
とりこになる様子が、テレビでも繰り返し流されていた。その魅力は、
どんなところにあるんだろう。なんとなくわかる。でも、言語化して
しっかりと認識しているような状態ではなく。日曜美術館を見て、一か月ほど、
頭のどこかにぼんやりと、かがくい作品が残ったままだったのだが。
昨日、余りの暑さに何もできず『谷崎潤一郎犯罪小説集』をぱらぱらと
読んでいたのだが。集中の「柳湯の事件」という作品で、はっとした。
この事件の主人公は、あまり売れていない画家。彼が通りがかりに入った銭湯、
「柳湯」で、混雑した湯船の下に、なにやらぬらぬらした、うなぎのような、
蛙の死骸のような、海の藻のようなものが存在することに気がつき、
足の裏でなんども確かめ、踏みつけ、両手で引き揚げようとまでする。
その奇怪な悪戦苦闘の様子が、微に入り細に入り描写されるのである。
(ちなみに、これは主人公の幻覚、らしい)
僕の画いた静物を見ればお分かりになるだろうと思いますが、何でも
溝泥のようにどろどろした物体や、飴のようにぬらぬらした物体を
画くことだけが上手で、そのために友達からヌラヌラ派という名称さえ
もらっているくらいなんです。
谷崎潤一郎『柳湯の事件』
ここを読んだ時、かがくいひろし作品のだるまさんシリーズの絵が、
ぱっと浮かんだ。あのだるまさんの曲線。だら~りと垂れたり、
ぬらーりと地面に伏したりするポーズが、思い出されたのである。
かがくい作品のあの曲線はとても魅力的だ。子供は、ごつごつしたものは
基本的に受け付けない。あのゆったり、だらーり、ほどよい湿度も感じられる
柔らかい線にまず引き付けられる。もちろん、かがくい作品にはほかにも
多くの魅力がある。でも、基本はあの、ゆるやかな曲線なのではないか。
『柳湯の事件』で、谷崎は、これでもか、これでもか、とばかりに、
わけのわからないぬらぬらとした感触を描き出す。きっと彼も、ただひたすら、
曲線の感触が好きだったんだろうなあ、と思われてくる。この短編に、犯罪の
匂いはしない。ただ作者がこだわった、不定形の物体の表現、その筆致に
圧倒されるのみである。
そしてかがくい作品に思いが及ぶ。まだまだ、絵本を作り続けたかったことだろう。
ぬらぬら、どろーり、くねくね、もくもく、には不思議な生命力が詰まっているから。