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1979年の短歌ブーム [短歌]

「短歌研究8月号」をぱらぱらと読んでいたら(もうだいぶ
前のバックナンバーだよね。月ぎめで購入していると、なかなか
読みこなせないままに次の新刊が届く、という状況。もう、自分の
ペースで読んでいくしかなくて)、「短歌ブーム」という特集が
組まれていて、山田航氏が「1979年謎の短歌ブームを追う」という
紙面四ページ分の文章を寄稿されているのが目に留まった。

雑誌記事に索引検索サービスを利用して調べると、七十年代から
現代までの間、「短歌」というテーマでの検索ヒット数が
突出して多い年があり、それが1979年であるという。この理由を
山田氏は、①『札幌の短歌』という郷土史シリーズの一巻がこの年、
札幌市から刊行されていること ②前年に『明石海人全歌集』が
刊行されたことを契機に、ハンセン病についての関心が高まり、
「愛生」「多磨」「青松」など、患者たちによって編纂されていた
短歌雑誌が注目を浴びたこと を上げ、その後、②の当時の状況に
ついて詳しく展開しておられるのだった。

その文章をざっと読みながら、それだけだったのだろうか?と
多少の疑念が湧いてきたのだった。というのも、この1979年という
年は、私が現代短歌に興味を持ち始めた年でもあり、そのきっかけに
なったことが、山田氏の文章に登場しないことが不思議に思えたのだ。

講談社『昭和万葉集』全20巻は、1979年2月8日に巻6「太平洋戦争の記録」
を発行。一、二カ月おきに「山河慟哭 焦土と民衆」「二、二六事件」・・・
と、翌80年までに全巻刊行されているのである。

私はこの昭和万葉集刊行の広告を、二月上旬の夕刊で知ったことを
覚えている。おそらく、2月7日のものだったのだろう。そこに何首か
引用されていた作品の中に栗木京子さんの観覧車の歌を読み、
現代短歌にめざめることになったのだから。

昭和万葉集は巷でもかなり話題になり、図書館などにも導入されて
当初は借りて読んでいた記憶もある(最終的には全巻購入したのだけれど)。
そのことについて、山田氏は一切触れておられないが、多少の影響は
なかったのかな、と思う。とりあえず、79年の短歌ブームは、単なる
マイブーム、というわけではなかったんだな、と面白く思った。

その後の短歌についてのヒット数は、最新の2021年に至るまで、
減増傾向であるという・・・。ってことは、最近の短歌ブームとは?





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