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文章を書いてきて(その6) [文学]

村上春樹『騎士団長殺し』の主人公は画家で、「食べていく」
ために肖像画を書く仕事をしている、という設定になっている。
本来は抽象画を描きたい、という望みを持っているのだが、
とにかく、絵を描くという場面、絵について何か語る場面が
多々登場して、この分野に興味がある私には極めて楽しい書。

 「絵に描ける?」と彼女は尋ねた。
 「似顔絵のようなもの?」
 「そう。だって画家なんでしょう?」 
 私はポケットからメモ帳を取りだし、シャープペンシルを
 使ってその男の顔を素早く描いた。陰翳までつけた。・・
 男の方をちらちらと見る必要もなかった。私には人の
 顔を一目で素早く捉え、脳裏に焼き付ける能力が具わっている。
            村上春樹『騎士団長殺し』

絵を描くノウハウは、文章を書くそれと、かなり共通性があると
感じる。私も何か書こう、と志すとまもなく、文章の全体が
頭の中に浮かび上がって、かなり素早く写し取ることができる。
ただし、短い文章である。せいぜい、600字くらいまでの。

それ以上の文章はどのように書けばいいのか。たとえば、原稿用紙
20枚以上の文章。文章の種類によっても書き方は変わるだろう、
評論、書評、紀行文・・・。

自信はなかった。将来の見通しなんか、とても立たなかった。
でも、挑戦してみたい、という気持ちは十分にあった。
難しい公務員試験を受けて、安定した職業についてはいたのだが、
私は退職することにした。周囲の人の九割以上が反対した。

なにするつもり。子供もいないのに。退屈するだけでしょ。
アメリカに行くから? そんなところに行ったって、英語が
身に着くと限らないだろう。それどころか、日本語の方を
忘れちゃったりして・・・。帰国したら、夜間に職場を清掃
する仕事、紹介してやるよ・・・。

不安はいっぱいだった。でも、新しいことに挑戦する
ワクワクする気持ちの方が、ちょっとだけ勝っていた。

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