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ヨネヤマママコさん [藝術]

先月下旬、ヨネヤマママコ氏の訃報を新聞で読んだ。
この名前、とても懐かしくて、しばらく回想に浸った。
私が小学校二年生の時だから、もう六十年余りも前のことになる。
NHKで、彼女が主演する番組が始まり、私はたちまち夢中になった。
月曜日の夕方だったと思う。それで私は、番組名を「月曜日のパック」と
覚えていたのだが、訃報によると、正しくは「わたしはパック」らしい。

薄暗い空間に、一人ライトを浴びて、パックは現れる。顔には
真っ白い白粉を塗り、やはり真っ白いパジャマのような服を着ている。
そして、身振りだけで、何かとても不思議な世界を描き始めるのだ。
その動きはしなやかで、ときにすばやく、時にうっとりするほど優雅。

空中に何か見えないものを探り出し、そっと渡されるときのときめき。
それは蝶のようなもの、開き始めた花のようなもの、遠い場所への憧れ。

すっかり魅入られて、夢中で見たのは、だが、二週ほどである。
さあようやくパックの日が来た、とテレビをつけた途端、そばにいた
四歳の妹がわめき始めたのだ。
「ハックル、ハックル見る~」とか言い出して。どうもその時の裏番組が
人気の出始めた「珍犬ハックル」というアニメらしい。妹はどこからか
その評判を聞きつけて来て、チャンネルを変えようとするのだ。
私は一週間じっと待っていた大好きな番組を取られたくなくて、妹を
テレビの前から除けようとした。妹はぐわ~んと声を上げて泣き出す。

すると台所から母が出て来た。すごい剣幕である。
「あんたが見ている、その気味の悪いの、何!」
パックのことを言っているらしい。母は普段はNHKを偏重する傾向があり
NHKというだけで、視聴を許してくれることもあった。そんな母が民放の漫画に
肩入れしようとすることに、愕然とした。それ以上に、あの素敵なパントマイムを
そんなふうに貶められたことが、私には限りない衝撃だった。
私はそれ以来、大好きだった番組をあきらめらせられることになってしまったのだ。

だが、声には出さず、身体だけで表現する行為に、私はずっと惹かれてきた。
パックは見られなくなったが、私はその後、バレエ漫画に夢中になり、
図書館でバレエに関する物語などを見つけては読んでいた。

私が初めての翻訳書として刊行した書も『はだしのバレリーナ』(ポプラ社)。
イサドラ・ダンカン、ミハイル・フォーキン、アンナ・パブロア、
マーゴット・フォンティーンら、バレエに貢献した人たちの、少年・少女時代を
中心にした伝記である。訳しているときは本当に楽しかった。
身体の動きによる表現のすばらしさを、映像で見せてくれた最初の
人が、私にとってはヨネヤマママコさんだったのでは、と思うのである。
ご冥福をお祈りします。
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