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二つのラヴレター?(その3) [生活]

大学入学前の春休み。私は目黒駅から徒歩数分の所にある
信託銀行でアルバイトを始めた。簡単な事務作業だが、コンピュータ
などまだ無縁だった当時、事務作業はとても多かった。
毎日、残業の希望者を募っていたので、それに応じ、
夜八時まで働く毎日。楽しいはずの大学入学前の春休み、
なぜこんなことをしていたか、というと。
父親が私の私大進学を快く思っていず、
「行きたいなら、自分で働いて行け」と言っていたからだ。

毎日くたくたになって家にたどり着き、翌朝早く出勤する。
バイト仲間はほとんど大学生で、彼らの話を聞くのは
楽しかった。疲れていても、少しずつ、入学のための
資金が貯まっていくのは嬉しかった。

そんな日々が続いていた三月下旬。小さな小包が届いた。
差出人は同級生のX 君だった。
便箋二、三枚の手紙も入っていて、希望していた大学入試を
すべて失敗してしまったこと。来年こそはきっと・・。
という「宣言」のような言葉が並んでいる。そして
最近読んで、とても感動した本を同封する。作者に手紙を
書いたら、「若い人にこそ読んで欲しかった」という、丁寧な
返事をもらった。君もきっと、感動するはずだ、というような
ことが書かれていた。

X君とは、在学中、一度も個人的な話をしたことがなかったので、
この手紙にはとても驚いた。彼は私のみならず、ほとんどの人と
話をしなかったのではないか。超無口な人、という印象である。
「サッカーに打ち込んだ三年間に悔いはない」と書いてあったので、あれ、
サッカー部だったんだ? と気がついたくらい。申し訳ないが、
興味の対象外のひと、だった。いや、私は同級生にはときめかない
タイプで、高校時代誰一人、興味を覚える、ということさえないまま、
すぎてしまっていたのだけれど。
卒業アルバムを開くと、X君は確かにサッカー部の一員として写っている。

手紙の内容は、おおよそ、そういったことである。
どうして私宛に連絡してくれたのか、全く不明だった。
同封されている包みを開くと出てきた本は・・・。
松下竜一『豆腐屋の四季』(講談社)という単行本だった。

ええ、「豆腐屋?」。生意気盛りの18歳は、この題を見ただけで、
なんとなく、「読みたくない」と思ってしまった。何しろ、毎日
バイト漬けでくたくたである。しばらく机の上に放っておいた。
ただ、礼状だけは書かなくちゃならないな、と気にはしていた。
                     (続く)
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