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書物の題(その7) [文学]

米国での十四か月の生活を終え
帰国後、少年少女向けの読み物の翻訳をしたいと思い立ち、
アメリカで読んでみて好きになった本を訳し、
つてをたどって、編集者に読んでもらうということを繰り返していた。
その時、アメリカで百冊近くシリーズで出ていた、少女探偵が
活躍するミステリー小説に、一番入れ込んでいたのだけれど。

このシリーズは訳があって、
私が翻訳し、出版に持ち込むことはできなかった。
落胆していた時、ある男性編集者が、
「これ、どんな本? 訳して見せてもらえますか」と言いだした。
それは、ノースカロライナの古本屋で購入した、
いかにも古ぼけた感じ。装丁もなんだか垢抜けない感じで、
こちらからは積極的に話を持ち込める、という感じの本ではなかったのだが。

でも、私は大好きな本だった。舞踏に生涯を掛けた十人の
ダンサーの伝記で、それぞれの波乱万丈の人生が魅力的な本だったから。
原題は「To Dance To Dream」という。その編集者もこの題に惹かれたのだろう。

その本を全体を訳してみてもらうと、その十人の中から、日本でもなじみのある舞踏家、
四人だけの章を選んで、一冊の本に仕上げることになったのだ。
次の課題は、邦題をどうするか、だった。

私はこの魅力的な原題を何とか生かせないか、とねばった。
『バレエを夢見て』、『夢を踊りにかける』
などを提案したのだけれど、すべて却下された。今思うと、
それもまた当然だったと思う。原題は原題。邦題はもっと
自由に、日本の状況を考えながらつけるべきなのだ。
編集の人が提案してきた題は『はだしのバレリーナ』。
四人の中の一人に、裸足のまま独創的な踊りを続けた、
イサドラ・ダンカンが含まれていたからである。

え? それでいいの? という気がした。
私はちょっと、拍子抜けする感じがしたのだけれども。
友人に話すと「いいんじゃない? なんで裸足?
って思うでしょ? それがいいきっかけになるかも」
と言ってくれた。

この本は初版一万二千部、再版一万部を出したところで、
残念ながら、絶版となってしまった。この本を含む、
児童書のシリーズ全体が新装、整理されることになったからである。

でも、この書には楽しいおまけがついてきてくれた。
出版して十年余りたった時のこと。
我が相棒の知人、当時大学院生だったK君の話である。
「僕の女友達に、バレリーナとして頑張っている人がいるんだけれど
あるとき、
『私がバレリーナを目指したいと思ったのは、一冊の本が
きっかけになっているの』
って言って、見せてくれたのが『はだしのバレリーナ』。
だったんです。彼女、今も大切そうに持ってましたよ。」
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